2017年1月1日

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謹賀新年

 新しい年を迎え皆様のご健康と
ご多幸を心よりお祈り申し上げます

2017年1月1日

                  耳印

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さて、元旦より神社の境内には多数の御神籤が結んであります。沢山の方達の願い事や運勢がそこにあるわけです。お参りに行くと、人とすれ違ったりすることがありますが、ご挨拶をさせて頂くだけで、自分の身の上を語るわけにもいきません。その度に、幸せそうな人達だなと思うわけです。

願い事はただ一つ、テクノロジー犯罪の全廃です。

2016年末にて

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こんばんは。
日本と言えば富士山ですね。それならば、ここに登ってみたいと思いませんか。テクノロジー犯罪の被害を受けながら生きていると何年も経ってしまいます。そして、被害の影響で人生が変わってしまいます。私は、去年突然に山登りを始めました。巨木に興味を抱いたのがきっかけだったと思います。

不自由な手足と息が深く吸えない状態で登りました。そして、やはり富士山に登りたいと思い出してトレーニングを始めた矢先に膠原病になってしまい、まともに歩けなくなりました。病気に泣かされた一年だったわけです。一応、半年間の点滴による投薬治療を終えて少し歩けるようになりました。すると、何かをやりたい意欲が湧いてきます。

けれども、それを阻むのがテクノロジー犯罪の被害なのです。例えば、目眩と足の筋肉の遠隔操作で、まともに歩けなくする被害、呼吸そのものを遠隔操作されて呼吸困難にする被害、筋力を出なくする被害など列挙したらきりがありません。精神状態や思考、感情なども遠隔操作されますので自由な発想、自由な意思決定なども阻害されます。

病気の症状もコピーされたり、後遺症に見せかけた遠隔操作などが盛んに行われます。従って、夢も、希望も無くなってしまうのは本当なのです。そんな中で生きて行くには、何か一点に絞らないで、これがダメならあれ、あれがダメならこっちへと言った具合に矛先を逸らすしかありません。従って、何かを満足が行くまで行う事は出来ません。妥協するわけですね。

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日本と言えば木造建築。どこに行っても神社がありますね。お城なんかも貴重な財産ですね。わずか数百年前までは刀を持った侍が居た国なのですね。ずいぶんと急速に様変わりしてますね。

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やはり何となく、土を見ると、樹木を見ると安心するというか心が安らぎます。コンクリートやアスファルトだけの建築物は楽しくありませんし、豊かとは思えません。土と緑、樹木による木陰。そのような物を国土から減らすのは勘弁して欲しいですね。

人間は自然の生き物ですから、自然に返してほしいですね。
テクノロジーの被害はもう嫌です。

今、若干の地震がありましたのでブログの更新を終了して、年末のご挨拶にいたします。

今年一年お世話になりました。

良いお年をお迎えください。

12月のようですね

こんばんは。
仕事など忙しく、何かを落ち着いてする時間が取れません。カレンダーをめくる暇もなく12月になっていました。正直、何かをするには不自由過ぎる体となってしまいました。テクノロジー犯罪の被害が酷いのは、酷いのです。いわゆるフルコースの被害ですから、五感を始め、記憶、思考、感情、呼吸、筋肉など全てに被害が及んでいます。

問題は、膠原病であり、それが治るのかどうか問題となっています。足の裏の関節が痛くてまともに歩けなくなっていて、それに伴って下半身の筋肉が弱っているようです。

この病気の症状として申告しているものが被害なのか、それとも自然発生なのか。

膠原病の発症が被害によるものなのか、自然発生なのか。

判っているのは、足先の痛みと痺れは、遠隔操作により発生させる事も、増幅する事も、可能という事です。

人間の遠隔操作というのは、ご存知の通り、全ての機能を遠隔操作することが可能となっています。ですから、相手がやる気になれば呼吸を止めてしまう事も出来ます。すべての記憶を消してしまう(思い出せなくする)事も可能となり、字も書けなければ、喋る事も出来なくされます。そのような状況の元に生活して生きているのが被害者なのです。

いわば加害者まかせで生きているのです。

この状態を客観的かつ冷静かつ真剣に考えてください。

まず、恐ろしいことなのだと解釈するべきです。

日本の有識者、世界の実力者は何を考えているのでしょうか?

スーパームーン
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季節外れの雪
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近場の山
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今年一年を振り返るのは、まだ早いかも知れません。やる事が沢山あってどうしようかと思っています。収入増に繋がるかどうかは判りませんが仕事も山のようにあります。働かされるのか、自分の為になるのか、損なのか、得なのか。自分の趣味でもやりたい事は沢山あります。

無理をしないでゆっくり休んでいても良いのです。何かをしなければいけないのではありません。しかし、これでも音楽に関してはアスリートの端くれなので練習をしなくなり体が動かなくなる事への不安があります。いつもスタンバイしていなければいけないように思ってしまいます。音楽でなければ、他に自分を鍛えるものがあるかなとも考えます。

勿論、これらはテクノロジー犯罪による妨害が酷くて諦めた中での考えです。場合によっては絶望感に苛まれます。明日はどうなるか判りません。

テクノロジーの進化

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こんばんは。
ブログの更新が若干滞ったようです。
仕事が忙しくて身動きが取れないのです。
勿論、テクノロジー犯罪の被害が酷いので夜遅くまで残業とかは出来ません。

病気で歩くのがやっとだった体も少し回復して来ています。その後、どうなるのか不安があったりもします。願わくば山登りなども出来るようになりたいと思っています。けれどもテクノロジー犯罪の被害がそれを妨害したりします。本当にどうなるのか想像も付きません。

ところで、「昔はよかったな」などの言葉を耳にする事はないでしょうか。以前はもっと人間臭い感じがしていたと感じます。ところが、ある時期から人の存在が薄れて来たような、物や機械が先行してしまったように感じます。それと商業主義の影響が広く及んできたようにも感じます。それらをテクノロジーの進化と呼ぶとします。

情報の少なかった時代の人間はもっと一つの事に集中していたのかも知れません。人間は単純に、二つの手しかありませんので、それ以上は持てません。だから情報や物を沢山手に入れると、その代わりに何かを落としてしまいます。

テクノロジーの進化は物質文化を生み、多くの人が欲しいと思っていた物を手に入れる事が出来るようになりました。人間が楽になる為の、便利になる為の、幸せになる為のテクノロジーの進化は一方では不幸を生んでいるのかも知れません。やはり、人は開発されていない自然を求めるようになるようです。

それらは時代の流れと言ったらその通りなのです。何かが開発されて暫くすると人はそれに飽きてしまうのです。音楽が開発されてからの流れを見て下さい。古いものを「ダサい」とは言わないで下さい。けれども、いつも同じだと飽きてしまうでしょう。同じものを買う人もいませんね。だから少しずつ変化して行きます。それを進化と呼んでください。

進化は何処まで人を楽しませることが出来るでしょうか。

昔は、こつこつと人が努力して何かを積み上げて作っていました。コンピューターのプログラムも手作業でこつこつと作り上げたものがベースとなって今のオペレーティングシステムになり、人工知能へと進化しました。

商業主義は何処まで人を楽しませることが出来るでしょうか。


人間の遠隔監視と遠隔操作をするテクノロジーを悪用した犯罪は一日も早く止めさせるべきです。

テクノロジー犯罪の隠蔽度

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例えば、バリー・トロワーさんが日本に来たら、マスコミは取材をするでしょうか?

マイクロ波の危険性 法の外にいる御用学者達

元MI5部員Dr. Barrie Trowerの語る電磁波兵器①

元MI5部員Dr. Barrie Trowerの語る電磁波兵器②

元MI5部員Dr. Barrie Trowerの語る電磁波兵器③

元MI5部員Dr. Barrie Trowerの語る電磁波兵器④

元MI5部員Dr. Barrie Trowerの語る電磁波兵器⑤

人間の遠隔操作、人間の遠隔監視のテクノロジーを使った犯罪は、実際に日本国内で行われていて、多くの被害者を苦しめ続けています。しかも、被害者は増え続けています。

さて、日本の為に役に立って下さる方はいらっしゃいますか?
プロフィール

Author:耳印
脳内音声、思考盗聴、五感情報通信などを悪用した人類を恐怖のどん底に突き落とす極悪犯罪の被害日記。

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